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さっきお風呂に入りながらワンセグを見てました。
その時思った事。
こういう地震の話とか、見たくない人はこのままバックをお願いします。
うっかり見えちゃった!なんて人も、タイトルにあるので
苦情などはスイマセン。


...

先程TVで、地震の時に来る警報(メールなんかに来る奴)の事を取り上げてました。
そこでどうしても腑に落ちなかった事があったんです。

震度予想の警報メール。

あの地震があってから5か月くらいは、色んな場所、
各地方で地震があったから、誤報も多くて
だから震度予想のメールが来ても避難しようとか何も思わなかったりとか。

震源地に近いところは、予測メールが地震が起きてからくるとか。

なんか、そういう文句っていうか、来るっていってこないものは違うけれど
なんか変じゃないのかな。変というか…。

地震予測って 予測、ですよね?
予知みたいなもので、凄い事だと思ってます。
震度がどのくらいであれ、何がおこるかわからない。
小さな地震であれば、その次に大きな地震が来る事だってある。

予測メールが来たら、心の準備や、
何かしていたらそれをやめたり、退路を見たり。
大事なものを手にしたり、”何も知らずに何か起こる”なんて事は減らせる。

それなのに、また誤報だろ?って信じないのってどうなんだろう。
誤報だったら、「よかった、何も起こらなくて。」って
安心するものじゃないのかな…。誤報でよかったって思える。


震源地に近いところは地震が起きてからくるっていう文句も、そう。
あ、来るって思った頃には地震が来てて、その時に飛ばしたメールは
地震が来てからくるなんて ある事だと思う。
しょうがないと言うのも違うけれど、何か作業をしてて
小さな余震にも気づかない人だっている。
でも、揺れ始めたって時にだって、メールが来たら
あ、やっぱり揺れてる。備えなきゃなんて思う人だっているんじゃないかな。
違うのかな…。揺れたんだから予測メールを見て、揺れてるんだから当たり前だろって
怒る人の気持ちは私はわからない。

私は揺れただけで震源地がどこかなんてわかりません。
揺れたのは感じれても、震源地はメールなり警報なりを見てやっとわかります。
そこで震源地が近いならって遠いならって、
行動はいくらでも違ってくると思う。


あと、もう一つ。

ニュースで女の人が、電話中になる警報音も困るみたいな事言っていたけれど…


”警報音”です、よ。

ハッ!!てならなきゃ何の意味もない。
むしろ警報音がなって煩いって言った後に大きな地震が来て、
自分や、電話の相手が ”怪我”や”事故”にあったらどうするのだろう。

電話中に警報がなったら、一度電話をやめて
様子を見てからかけ直す事すら
億劫なのだろうか……。



そんな風に思うのが当たり前みたいにTVが報じていて、
なんだかとても衝撃だったんです。

命を守るものがそうじゃなくとられているのかな。
色んな対策をして、何も起こらなかったら

怒るんじゃなくてさ……

何もなくて、元気で過ごせて よかったね。って
ならないのかな…。
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